たかのプロ野球雑談記

野球が好きな大学生です。野球メインでたまに漫画の話もします。

日本ハムの神応援歌紹介

今回は日本ハムのおすすめの歴代応援歌を紹介しています。では、見ていきましょう。

小笠原道大


【歌詞】

小笠原村には海がある 小笠原村にはイルカがいる 小笠原村には夢がある 毎日サバイバル
立ち上がれ小笠原 この世のために 島国が生んだ 和製大砲」


「ミスターフルスイング」、「北の侍」こと、小笠原道大。日ハム時代、巨人時代にMVPに輝いており、両リーグでのMVP獲得は史上2人目の快挙でした。

名前にあやかり、東京都の小笠原村の観光親善大使を務めていました。前奏の小笠原村もこれに因んだもの。

日本ハムが東京ドームを本拠地にしていた時代、小笠原のホームラン時にはバックスクリーンにザトウクジラの映像が映し出されていました。


大谷翔平


【歌詞】

「迷わずに駆け抜けろ 伝説の幕が開ける さぁ気持ち込めて 進め狙い定め 跳べ大谷 夢の向こう側へ」


説明不要の規格外のプレイヤー、大谷翔平

日ハム在籍時の2016年にはプロ野球史上初となる、投手、指名打者二部門でのベストナインに輝きます。

メジャーリーグでも登板した同じ試合でホームランを放つなど(2021年4月5日のホワイトソックス戦)二刀流として活躍します。

「伝説の幕が開ける」と、期待の込められた歌詞になっています。


中島卓也


【歌詞】

「踏み出した姿に 最高の期待込めて 今頂目指し進め 挑み勝て中島」


2015年に34盗塁で盗塁王に輝きます。
2016年にはパ・リーグタイ記録のシーズン62犠打を記録し、日本ハムのリーグ制覇に貢献しました。

2014年までは佐藤文彦選手、高木豊選手の応援歌が流用されていました。


高橋信二


【歌詞】

「新たな時代(とき)を築け 熱く熱く燃やせ 美作男児の心意気 進め誇り高く」


現在は日本ハムの一軍打撃コーチを務める高橋信二

現役時代は、日本ハム、巨人、オリックスで活躍していました。

2004年には捕手ながら打率.285、26本塁打、84打点を記録します。26本塁打は日ハムの捕手による本塁打数の歴代最高記録です。

歌詞の中の「美作」とは「みまさか」と読み、高橋信二の出身の岡山県の地名です。


陽岱鋼


【歌詞】

「飛ばせ 飛ばせ遥か夢の彼方へ 届けろ祖国の地へと ジャーヨ!岱鋼!今ここから」


現在は巨人に在籍する陽岱鋼選手。

出身国は台湾なのですが、福岡第一高等学校に3年間在籍していた為、日本人選手と同様の扱いを受けています。

歌詞の中の「ジャーヨ」とは漢字で「加油」と書き、中国語で「頑張れ」という意味です。


ダルビッシュ有


【歌詞】

「雄叫びあげて 唸るその剛腕 我らのエース 日本のエース」


今やメジャーを代表するピッチャーと言っても過言ではないダルビッシュ

プロ3年目の2007年には、沢村賞とシーズンMVPに輝きます。21歳でのMVP獲得は、20歳で獲得した沢村栄治稲尾和久に次ぐ、最少記録でした。

また、この年から5年連続で防御率1点台を記録します。

発表当初は「7+4はお前の背番号 14-3は日本のエース」という不適切な歌詞でした。


大野奨太


【歌詞】

「守りの要 夢見たこの場所で チームを背負い 更なる高み目指せ」


元チームメイトの宮西尚生とは、互いの妻が姉妹であるために義兄弟。

2017年オフに地元の岐阜に近い中日にFAで移籍します。


新庄剛志


【歌詞】

「メジャーで鍛えた技と 熱き鼓動を打ち鳴らして 燃えろ新庄 北の大地の星となれ」


阪神からメジャーに移籍して3年活躍した後、2003年オフに日本球界に復帰します。

日ハム時代の登録名は「SHINJO」。

当時人気の無かったパ・リーグを活気づけた第一人者で、さまざまな仮装やパフォーマンスで試合を盛り上げました。


今浪隆博


【歌詞】

「飛ばせ今波 グラウンド狭し走り回れ 今お前の力で チャンスを呼び込め」


日本ハム、ヤクルトで活躍した選手。
現在は軟式野球のゴリラクリニックベースボールで監督を務めます。

原曲はMOTHER2より「Smiles and Tears」。


大田泰示


【歌詞】

「滾る想い胸に 全てぶつけろ 魅せろこの場所で 夢の続きを」


2008年ドラフトの1位で巨人、ホークスに指名され、抽選の結果、交渉権を獲得した巨人に入団。

長距離砲として期待され、松井秀喜の背番号55を引き継いだものの、巨人時代は合計9本塁打と活躍できませんでした。

しかし、日本ハムに移籍し覚醒。2019年には打率.289、20本塁打、77打点を記録します。

歌詞の「夢の続きを」は実現しかけています。

球史に残る兄弟のプロ野球選手

プロ野球界の特に有名な兄弟のプレイヤーを紹介していきます。

新井兄弟

まず紹介するのは、兄の新井貴浩、弟の新井良太の兄弟です。

概要紹介

新井貴浩

f:id:taka_gogaku:20210415213326j:plain

「新井さん」こと新井貴浩は広島、阪神で活躍した名選手。金本を慕い、広島から阪神に移籍するとき「辛いです」の名言を残します。

広島復帰後、2016年には2000本安打を達成し、広島の25年ぶりの優勝に貢献。史上最年長のシーズンMVPに選ばれます。

多くのプロ野球ファンから愛された人物。

新井良太

弟、新井良太は中日、阪神でプレー。

ホームランを打った後のバット投げが有名。阪神では4番を務めた経験もあります。

エピソード

トリプルツレー

まず、「ツラゲ」という単語があります。この「ツラゲ」とは新井貴浩の名台詞でもある「辛いです」とダブルプレーの「ゲッツー」が合体した造語。新井貴浩のゲッツーのことを「ツラゲ」と呼びます。

新井さんはゲッツーの多い選手なのでこの単語が度々使われるようになります。

そして、トリプルツレーとは新井貴浩が関わりアウトを3つ取られることを指します。今回はそのうち、新井兄弟の二人が関係しているものを紹介します。

2014年4月10日の横浜戦の6回裏、無死1、3塁と阪神のチャンスで打席には新井貴浩が入ります。この時の三塁ランナーは新井良太でした。

相手ピッチャー、三嶋の一球目をキャッチャーの高城俊人が後逸。それを見た貴浩は弟良太を手招き。良太はホームベースに突っ込みますがタッチされアウトに。その間に一塁ランナー鶴岡一成は二塁に。これで1アウトです。兄に呼ばれたら、行ってしまいますよね笑。

その後、貴浩はショートゴロを打ちます。しかし、二塁ランナー鶴岡が守備妨害を取られ、鶴岡はアウトになり、貴浩は一塁に残ります。これで2アウト。この時点でツラゲは成立です。

しかしそれだけでは終わらず、次の福留の打席で盗塁に失敗し、新井さんはアウトとなります。

新井貴浩一人で全てのアウトに絡む、トリプルツレーとなってしまいました。


新井さんのツラゲ集のリンクです。
トリプルツレーは2分44秒あたりから。

アベックホームラン

2012年7月29日、良太が4回に3ランを、貴浩が7回に2ランを放ちます。

兄弟によるアベックホームランは、後述するロッテのレロン・リーレオン・リー兄弟以来の、31年ぶりの3組目の記録でした。

2012年にもう一度と、2013年にも一度、アベックホームランを放ちます。

リー兄弟

次に紹介するのは、1970年代後半から日本球界で活躍した、兄のレロン・リー、弟のレオン・リーの兄弟です。

概要紹介

レロン・リー

かつてロッテに選手、コーチとして在籍したジム・ラフィーバーの仲介で、1977年にロッテオリオンズに入団します。

入団一年目から本塁打王打点王に輝きました。

1987年に退団するまでの日本球界での11年間で9度、規定打席に達しての打率3割以上を記録しています。

4000打数以上の選手の中では、青木宣親に次いで、通算打率.320で歴代2位。

レオン・リー

レロン・リーが2年目の1978年に日本球界に連れてきたのが、弟のレオン・リーでした。

レオン・リーはロッテ、大洋、ヤクルトで活躍し、いずれの球団でもシーズン30本塁打以上を放ちます。

1985年8月10日の広島戦では、セ・リーグ記録となる1試合10打点を記録します。

4000打数以上の選手の通算打率では、歴代10位の.308を記録しています。

2003年には1シーズンだけですが、オリックスで監督も務めました。

エピソード

打率1、2位

リー兄弟を語る上でなんと言っても欠かせないのが、1980年の記録です。

この年、兄レロンが打率.358、33本塁打、90打点。弟レオンが打率.340、41本塁打、116点と共に大活躍。

レロンが首位打者、レオンが打率2位という、プロ野球史上唯一の兄弟での打率ワンツーフィニッシュでした。

アベックホームラン

ロッテ時代の2人は28回ものアベックホームランを放っています。

兄弟でのアベックホームランの通算数が次に多いのが、先述の新井兄弟の3回なのでいかにこの数字が多いかがわかります。

おすすめの歴代応援歌紹介セ・リーグ編第2回

中日、横浜のおすすめの歴代応援歌を紹介していきます。では、見ていきましょう。

中日ドラゴンズ

福留孝介

f:id:taka_gogaku:20210415214742j:plain

1995年ドラフトで高校生の選手に対しての史上最多の7球団による競合の末、近鉄が交渉権を得るが入団を辞退。

1998年ドラフトで中日を逆指名しプロ入り。

2007年までの日本球界在籍期間に2度の首位打者に輝く。

メジャーを経て、2013年に日本球界復帰(阪神入り)。

2021年から再び中日に戻る。

この応援歌は福留が幼少期から憧れている立浪和義の応援歌の流用である。


和田一浩

西武時代、30歳である2002年シーズンに初めて規定打席に到達した、遅咲きの選手。

2007年オフにFAで地元の岐阜県から最も近い中日に移籍。

2010年には打率.339、37本塁打、93打点のチーム三冠の成績で中日のリーグ制覇に貢献。

2015年に史上最年長である42歳11ヶ月で通算2000本安打を達成。


山崎武司

1996年に中日で、2007年に楽天本塁打王に輝いており、両リーグでの本塁打王の獲得は落合博満タフィ・ローズに続く3人目の快挙であった。

また、2007年の39歳での本塁打王打点王の獲得は40歳の門田博光に次ぐ、歴代2位の記録である。

楽天時代にもこの応援歌が使われた。


渡邉博幸

2004年には一塁手として中日のリーグ制覇に貢献。ゴールデングラブ賞を受賞した。

2005年以降は主に守備固めとして起用される。


外国人汎用応援歌

専用応援歌が作られる前の外国人助っ人選手の応援に使われる。

近年ではアルモンテ選手に使われ、ロッテの石川歩選手が口ずさんだことで有名。



横浜DeNAベイスターズ

鈴木尚典

1997年、98年に2年連続の首位打者に輝く。
1998年はマシンガン打線の3番として横浜の38年ぶりのリーグ制覇、日本一に貢献した。

現在は独立リーグの神奈川フューチャードリームズの監督を務める。


村田修一

2007年、08年に2年連続して本塁打王のタイトルを獲得。

また、2008年にはチームメイトの内川聖一首位打者に輝いており、最下位チームから本塁打王首位打者が出るのは史上初であった。

引退試合クラッシャー」と呼ばれており、佐々岡真司引退試合で佐々岡からホームランを打つ、矢野燿大引退試合でもホームランを打ち矢野の出場機会を無くすなど逸話が多い。

村田の前には谷繁元信に使われていて、2021年シーズンから牧秀悟に流用されている。


ロペス

日本球界に来る前のマリナーズ時代はイチローのチームメイトだった。

2017年には打点王最多安打のタイトルを獲得し、横浜のCS進出に貢献。
同年のCSでも活躍し、チームの19年ぶりの日本シリーズ進出にも貢献し、自身はCSの MVPに輝く。

2020年にNPBMLB通算2000本安打と、それぞれでの1000本安打を達成。これは、イチロー松井秀喜に続く3人目の快挙で、助っ人外国人に限定すると史上初の記録であった。


三浦大輔

2021年シーズンから横浜の監督を務めるハマの番長

応援歌にも登場する、トレードマークのリーゼントは矢沢永吉に影響されたもの。

横浜大洋ホエールズ横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズの3球団に所属したことのある唯一の選手で、横浜大洋ホエールズに在籍経験のある最後の選手でもあった。


ブランコ(チャンスVer.)

2009年、来日1年目の中日時代から39本塁打、110打点で本塁打王打点王に輝く。

横浜移籍後の2013年には、打率.333、136打点で首位打者打点王の二冠に輝く。

また、本塁打王41本はこの年シーズン本塁打日本記録を更新したバレンティンの60本に次ぐリーグ2位の成績であった。

おすすめの歴代応援歌紹介パ・リーグ編第2回

今回は西武、楽天のおすすめの応援歌を紹介していきます。

埼玉西武ライオンズ

カブレラ

西武、オリックス、ホークスに在籍していた、歴代最強クラスの助っ人外国人。

2002年には当時の日本記録タイに並ぶシーズン55本塁打を放つ。

2001年〜2003年の3年間での150本塁打達成は史上初の記録であった。(同年に近鉄のタフィローズも記録)

意外にも、本塁打王のタイトルを獲得したのは2002年の1度のみである。


※当時の応援歌が見つからず、流用のウルフのものとなっています。申し訳ありません。

秋山幸二

清原、デストラーデとのクリーンナップはAKD砲と呼ばれ、他球団から恐れられた。

走攻守の三拍子が揃った選手で、「メジャーに一番近い男」と呼ばれていた。


清原和博

高卒1年目から打率.304、31本塁打、78打点の好成績を残す。これらはいずれも高卒1年目の選手の歴代最高記録。

最高出塁率のタイトルは取ったことがあるものの、打撃3タイトルはいずれも取ったことがない為「無冠の帝王」と呼ばれている。

また、現在はチャンステーマ2として使われている。外野で行われる民族大移動と呼ばれる応援形式は有名。


森友哉

山賊打線の正捕手を務める。

2019年に打率.329で首位打者のタイトルを獲得。捕手での首位打者野村克也古田敦也阿部慎之助に続くプロ野球史上4人目の快挙であった。
また、同年にMVPにも選ばれる。


炭谷銀仁朗

森友哉の前の西武の正捕手。

2018年オフにFAで巨人に移籍し、人的補償として内海哲也が西武に移籍した。

前奏がとってもかっこいい応援歌である。


東北楽天ゴールデンイーグルス

茂木栄五郎(〜2018年ver.)

歴代の応援歌の中でも5本の指に入ると言っても過言ではないほどの神曲

後半部は2012年シーズンまで楽天に在籍した草野大輔の応援歌の流用。


松井稼頭央

日本人初の内野手のメジャーリーガー。
歴代最強クラスの遊撃手。

2010年オフに楽天に入団し、日本球界復帰を果たした。

現在は埼玉西武ライオンズの二軍監督を務める。


枡田慎太郎

楽天球団2回目の2005年の高校生ドラフト4巡目でプロ入り。

リーグ優勝、日本一を果たした2013年には6番、左翼手としてチームに貢献。


ウィーラー

アメリカ時代から、トイストーリーに登場する「Mr.ポテトヘッド」の愛称で呼ばれていた。来日後は「ハクション大魔王」のニックネームで親しまれる。

2020年シーズン途中に池田駿とのトレードで巨人に移籍。

2020年のホークスとの日本シリーズでは、巨人の全4得点の内、3得点を記録。


浅村栄斗

西武時代は、山賊打線の一員として2018年のリーグ制覇に貢献。

同年オフにFA権を行使し、楽天に移籍。

2020年シーズンは、大阪桐蔭の1年先輩である中田翔と、本塁打王打点王のタイトルを争い、最終的に自身初となる本塁打王のタイトルを獲得。


鈴木大地

全ての内野ポジションを守ることのできるユーティリティプレイヤー

遊撃手と三塁手部門でベストナインに、二塁手三塁手部門でゴールデングラブ賞に選ばれたことがある。

2020年にロッテから楽天に移籍。

おすすめの歴代応援歌紹介セ・リーグ編第1回

各球団のおすすめの応援歌を紹介していきます。今回は、巨人と阪神

読売ジャイアンツ

原辰徳

現在3度目の巨人監督を務める。現役時代は「若大将」としてON時代後の巨人を引っ張る。

意外にも名球会入りはしていない。

甥は巨人エースの菅野智之


坂本勇人

NPB史上最高のショートとの呼び声も高い。

31歳10ヶ月という史上2番目の若さで名球会入りを果たす。


タフィ・ローズ

近鉄時代に当時最多タイのシーズン55本塁打を放つ。

本塁打王に4回、打点王に3回輝く、歴代屈指の強打者。

退場回数14回は史上最多。


長野久義

自信3回目のドラフトで巨人入団。

入団1年目は新人王に輝き、2年目の2011年には首位打者のタイトルを獲得。

2019年のシーズン前に広島から巨人にFAで移籍した丸佳浩人的補償として、広島に移籍。

前奏が非常にカッコ良い応援歌である。


桑田真澄

PL学園時代は清原和博とのKKコンビで知られた。

フルーチェ」が大好物で、高校時代にはフルーチェ担当の後輩がいた。

息子はタレントのMatt

2021年シーズンから巨人の一軍投手チーフコーチ補佐を務める。


松井秀喜

NPB時代は3度の本塁打王打点王、最高出塁率に輝くなど、巨人の主砲として活躍する。

2009年のヤンキース時代に日本人初のワールドシリーズMVPに選ばれる。


阪神タイガース

赤星憲広

プロ入り1年目の2001年から盗塁王に輝き、新人王にも選ばれた。新人王と盗塁王の同時受賞は赤星が唯一。

その後も盗塁王のタイトルを取り続け、5年連続盗塁王セ・リーグ記録を樹立した。

2003年からは自身の盗塁数と同数の車椅子を病院や養護施設に寄付しており、現役時代に寄付した車椅子は301個にもなる。


新井貴浩

2007年オフに金本を追って広島から阪神にFAで移籍。その際に代名詞の「辛いです・・」の発言を残す。

2011年には、打点王、失策王、併殺打王の三冠王に輝く。

f:id:taka_gogaku:20210410184356j:plain

https://www.daily.co.jp/baseball/kanemoto/2012/02/12/0005616205.shtml

バット投げで有名な新井良太実弟


矢野燿大

現在は阪神タイガースの監督を務める。

9回2死でチームがリードしていた場合のみ出場予定だった自身の引退試合では、村田修一の3ランホームランで出場機会を失った。

この時に有名な「行くな!行くな!超えるな!」の実況が生まれる。


大山悠輔

2020年シーズンに、いずれもキャリアハイの打率.288、28本塁打、85打点を記録。

2021年より、糸原健斗に代わってチームキャプテンに就任。

ホームランパフォーマンスまとめ(現役選手編)

プロ野球選手のホームラン後のパフォーマンスを紹介していきます。今回は現役選手のよく使われているものをまとめました。

1.松田宣浩(福岡ソフトバンクホークス)

熱男

元々はホークスの2015、16年のスローガンであった「熱男」。スローガンが変わった今でも松田のホームラン後のパフォーマンスに使われています。

コロナ禍の2020年には手を洗う仕草の後に熱男を行いました。


2.グラシアル(福岡ソフトバンクホークス)

シャドーボクシング

シャドーボクシングで捕手の高谷裕亮をボコボコにするというのが恒例のパフォーマンス。

高谷不在時にはバレンティンをKOしました。

年に一度ほど、高谷がホームランを打った時の逆バージョンがあります。


3.柳田悠岐

3150(サイコー)ポーズ

福岡のカープご意見番こと柳田悠岐
ホームラン時には両手をグーで前に出す3150ポーズを披露します。
元々はボクシングの亀田史郎さんの考案したポーズでした。

2020年シーズンでは両手のそれぞれの親指と人差し指で「L」の字を作るポーズのバージョンもありました。


4.デスパイネ(福岡ソフトバンクホークス)

足を上げる

ポーズの意味は特にないらしいです。
熱男パフォをする松田に促されて、ポーズを取るうちに定着したとか。


5.中田翔(北海道日本ハムファイターズ)

真顔

松本剛杉谷拳士と共にベンチから真顔でカメラを見つめるというパフォーマンス。


6.バレンティン(福岡ソフトバンクホークス)


両手を上げてくるくる回すパフォーマンス。パトカーのサイレンと「パーティーピーポー」をミックスしたようなもの。

2020年シーズンの後半は二軍生活が多く、余り見ることができませんでした。今年はみれるのでしょうか?


7.栗原陵矢(福岡ソフトバンクホークス)

ケバブポーズ

ホームランを打った時だけでなく、タイムリーとなった時にも、右手で何かをチョップするような謎のポーズをします。

これにインタビューの際、栗原本人が「ケバブポーズ」と名付けたらしいです。

元々はサンディエゴ・パドレスのフェルナンド・タティスJr.を真似たものでした。


8.井上晴哉(千葉ロッテマリーンズ)

ごっちゃし

力士が懸賞をもらう時の手刀をイメージした「ごっちゃし」パフォーマンス。

ホークスのプロ初登板の津森選手からグランドスラムを放った際に初披露しました。


9.山川穂高(埼玉西武ライオンズ)

どすこい
 

松田の熱男に憧れ、ファンと共に行えるパフォーマンスとして「どすこい」を考案しました。

2018年まではゆりやんレトリィバァの「調子乗っちゃって」ポーズを披露していました。


10.周東佑京(福岡ソフトバンクホークス)

お化けポーズ

ホームランだけではなく、タイムリー時にもするパフォーマンス。両手を前に出してひらひらとするおばけポーズです。

元々はドジャースのベリンジャー選手が詰まった当たりのヒットを打ったとき、手が痺れた動作をしたのをベンチのチームメイトが真似たのが定番となったものでした。


11.丸佳浩(読売ジャイアンツ)

丸ポーズ

丸が広島から巨人に移籍してからホームラン後にし始めた丸ポーズ。

広島在籍時は敬礼ポーズをしていました。


12.レアード(千葉ロッテマリーンズ)

2018年までは日本ハムに、今はロッテに在籍しているレアード選手。

日本ハム時代からホームラン後には寿司ポーズを披露します。

札幌市内の寿司屋「すし空海」の親方、吉川英人さんの一言から、このポーズは生まれました。


こうして見てみると、ホークス在籍の選手のパフォーマンスがとても多いということがわかりました。今後、どのようなパフォーマンスが登場するかにも期待です。

「私を球場に連れてって!」2巻後半の元ネタ紹介

野球観戦漫画「私を球場に連れてって」の元ネタ紹介をしていきます。

ホークスとプレーオフ

f:id:taka_gogaku:20210405170807j:plain
56ページより

2004年から2006年のパ・リーグの優勝は、レギュラーシーズンの上位3チームがトーナメント形式のプレーオフで戦うことで決まっていた。

2004年、2005年にホークスはレギュラーシーズン1位だったが、2004年には西武に、2005年にはロッテに負けることでリーグ優勝を逃してしまう。

2006年にはシーズン3位から第1ステージで西武を破るものの、第2ステージで日本ハムに敗れるホークスであった。

ホークスは、シーズンは強いもののプレーオフで負けることが続いた為、このことを指して「秋の風物詩」と呼ばれるようになった。

有名な、ホークスの斉藤和巳がサヨナラ打を打たれ崩れ落ちるシーンは2006年の日本ハムとのプレーオフでのこと。


2.李承燁

f:id:taka_gogaku:20210405170619j:plain
69ページより

タイタンズ(巨人)の選手で「アジアのホームラン王」とは、「アジアの大砲」こと韓国出身の李承燁(イ・スンヨプ)。

KBO(韓国プロ野球)通算最多の467本塁打、1498打点を記録する。


3.カブレラ


f:id:taka_gogaku:20210405170632j:plain
71ページより

西武の4番、アレックス・カブレラのことを指す。

2002年に当時最多タイのシーズン55本塁打を記録。規格外のホームランを多く放った、歴代最高クラスの助っ人外国人。


4.新庄剛志

f:id:taka_gogaku:20210405170658j:plain
72ページより

2000年オフにイチローとともに日本人野手として初のメジャーリーグ挑戦を果たす。

2004年からは日本ハムに所属して、様々なパフォーマンスでパ・リーグの人気向上に貢献。

一例として、2006年オールスターのレインボーバットと光るベルトの使用がある。


5.清原和博

f:id:taka_gogaku:20210405170712j:plain
72ページより

かつて西武、巨人に在籍していて2006年にシーズンはオリックスに在籍していた清原和博

後述する藤川対カブレラ、小笠原の勝負のときは、三塁コーチャーズボックスから勝負を見ていた。

6.藤川球児

f:id:taka_gogaku:20210405170725j:plain
74ページより

オールスター第1戦の9回表に登板した藤川球児は打者のカブレラに全球ストレート予告。
予告通り、全球ストレートで球界を代表する打者であるカブレラから三振を取るのであった。

次のバッターの小笠原道大からもオールストレートで三振を奪うという名勝負であった。


7.再来

f:id:taka_gogaku:20210405170523j:plain
83
ここで言っている新外国人とは、バースの再来とも言われたロサリオのこと。

外角のスライダーが打てず、一年限りで阪神を退団。

8.微妙に違う

f:id:taka_gogaku:20210405171015j:plain
90ページより
中島裕之とマレーロのことを話している。

中島は西武からメジャー移籍を希望してアメリカに渡ったものの、一度もメジャーリーグでの試合に出れないまま日本球界に復帰。オリックスに移籍することとなった。

マレーロはプロ野球通算10万号のホームランを放っている。



9.ロッテに対し
f:id:taka_gogaku:20210405171044j:plain
106ページより

ロッテに対し「普通にやれば大丈夫」とは、ホークスの松坂大輔が杉内俊也に対して言った「ロッテだろ?普通に投げれば大丈夫」という発言と、ホークスの武田翔太の「普通にやれば打たれない相手」という発言がミックスされたもの。

プロ野球データFreak
セリーグ順位表
パリーグ順位表