たかのプロ野球雑談記

野球が好きな大学生です。野球メインでたまに漫画の話もします。

ホークスの名応援歌紹介

ホークスファン歴20年の筆者によるおすすめのホークス応援歌を紹介します。早速見ていきましょう。

秋山幸二


【歌詞】

「お前の腕を 見せてやれ 
ボールをよく引きつけて 
脇を締めて振り抜けば 
レフトを越えホームラン」


ホークスの監督も務めた秋山幸二

1994年にダイエーに移籍後黄金時代の西部のノウハウをホークスに伝え、常勝ホークス の礎を築きます。

監督時代は現役選手に混ざって柵越えホームランを打ち、ファンを驚かせました。



井口資仁


【歌詞】

「空の彼方へ 夢を乗せて 飛んでゆくボール
打てよ資仁」


ダイエー、メジャー、ロッテと渡り歩いてきたスター選手。

ダイハード打線の一員で、プロ野球史上唯一の100打点カルテットのうちの一人。

ダイエー時代には日本シリーズ制覇を、ホワイトソックスフィリーズ時代にはワールドシリーズ制覇を果たしています。

現在はロッテの監督を務めています。


真砂勇介


【歌詞】

「夜空に羽ばたいた 未来の三冠王 
高く遠く空に輝く星になれ」


「ミギータ」(右打ちの柳田)と呼ばれる未来の三冠王候補。

23歳以下の選手が出場できる2016年のWBSC U-23 ワールドカップでは4本塁打を放ち、MVPに輝きました。

2020年には一軍で50試合に出場し、2021年には開幕一軍入りを果たします。

多村仁志


【歌詞】

「奇跡を起こせ 炎の一打輝く彗星 
多村仁志


横浜在籍時の2004年には123試合のみの出場で打率.305、40本塁打、100打点を、ホークス在籍時の2010年にはいずれもチームトップの打率.324、27本塁打、89打点を記録した強打者。

しかし、非常に故障の多い選手で「野球教室で肩にバックを掛けたままサインに応じ、肩を内出血する」、「写真撮影中にジャンプをし、捻挫する」、「握手会で左掌が炎症を起こす」などプロ野球選手にしては意外なエピソードを持ちます。

2006年WBCでの活躍により、キューバでは人気のある選手で横浜時代にチームメイトだったグリエルは多村を「伝説の人」と語っている。

城島健司


【歌詞】

「凄い若鷹だ どこまでも飛ばす
レフト越えフェンス越え 
スタンドまで飛ばせ」


ホークス、マリナーズ阪神で活躍した打てる捕手。マリナーズ時代には、イチローのチームメイトでした。

2003年には打率.330、34本塁打、119打点という驚異的な成績を残し、ホークスのリーグ制覇と日本一に貢献。自身もシーズンMVPに選ばれます。

引退後は自身の冠番組城島健司のJ的な釣りテレビ」に出演の傍ら、2020年からはソフトバンク球団会長付特別アドバイザーに就任しました。

また、2003年の182安打は、プロ野球歴代捕手のシーズン最多安打となっています。

メジャーにいた事から、ジョージ・マッケンジーと外国人風の愛称で呼ばれ、福岡銀行のCMでもこの愛称が使われていた。


上林誠知


【歌詞】

「叩けボールをミートで 広く打ち分け遠くへ
スピード生かして 目指せホームベースを」


仙台育英高校から2013年にドラフト4位でホークスに入団。憧れているイチローと同じ51番の背番号を付けることになります。

2年目の2015年に1軍初出場を果たし、8月25日のロッテ戦ではイ・デウンからプロ初本塁打となる逆転満塁ホームランを放ちました。

2018年には全試合出場を果たし、打率.270、22本塁打、62打点の成績を残します。
2019、20年は打率1割台と結果を残せませんでしたがまだ若い為今後の活躍に期待できる選手です。


【歌詞】

「その一打で たたみ掛けろ 
それ今叩け力入れ ボールを飛ばせ」


1996年ドラフトで逆指名制度を使い、2位指名でホークスに入団します。
この年のドラフトでは、他に1位で井口資仁、3位で柴原洋、4位で現在はホークスのコーチを務める倉野信次の獲得に成功します。歴代で最も成功したドラフトと言ってもいいでしょう。

4年目の2000年には打率.312、33本塁打、106打点でホークスのリーグ制覇に貢献。自身もシーズンMVPに輝きます。

2004年は打率.358、44本塁打、120打点、で平成唯一の三冠王となり、さらに171安打、出塁率.464で最多安打、最高出塁率のタイトルも獲得し打撃タイトルを独占しました。

内角を捌くのが非常に上手く、「内角掃除大臣」の異名を持ちます。


周東佑京


【歌詞】

「たゆまぬ努力で さぁ時代を築け 
志ひとつに 行けスピードソルジャー」


2019年オフの世界大会、プレミア12 に出場し、オーストラリア戦では1点ビハインドの7回裏ノーアウトから代走として出場します。
2盗、3盗と成功し、源田壮亮のセーフティスクイズで生還。日本は同点に追いつきました。
この大会では最多の4盗塁を記録します。


2020年には10月16日から30日までの13試合連続で盗塁に成功。これが、連続試合盗塁の世界記録となりました。

更にこの年は50盗塁で盗塁王のタイトルを獲得します。育成出身野手の打撃部門タイトルの獲得はプロ野球史上初の快挙となりました。

若井基安(若井ダンス)


【歌詞】

パーフェクトリバティー 突撃若井
つかめ栄冠 燃えろよ若井 
チャンスに強いガッツマン 我等の若井」


PL学園出身で、応援歌の前半部の原曲はPL学園の応援歌「ウィニング」。

高校、大学、社会人、NPBのすべてで日本一を経験している珍しい人物。

この応援歌は現在、ホークスのチャンステーマ、「若井ダンス」として使われています。


森唯斗


【歌詞】

「燃え上がる胸と スタンドの声で 
その腕振り下ろし 輝け唯斗」


実家は漁師でプロ入り時の契約金で漁船をプレゼント。その漁船は両親により「唯斗丸」と名付けられました。

守護神のサファテが不在となった2018年途中からクローザーを務め、9月18日から25日に7連投。7試合連続セーブの日本新記録を達成します。

2020年10月11日には通算100ホールド目を記録。プロ野球史上6人目の「100ホールド・100セーブ」を達成しました。

インチキ!?石原慶幸珍プレー集

2020年に引退した広島のキャッチャー、石原慶幸を知っていますか?打率は高くないものの、時折飛び出す意外性のあるプレーでファンを沸かせる選手でした。その意外性から「インチキ」と呼ばれる事も。これは決して悪い意味ではありません。

今回はそんな石原慶幸選手の興味深いエピソードを紹介していきます。

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https://hochi.news/articles/20200109-OHT1T50161.html

飛ぶキャッチャー

石原は「飛ぶキャッチャー」と呼ばれることがあります。このきっかけとなったのが2006年5月31日の試合です。

ランナーを3塁に置き、石原がスクイズを行おうとする場面。相手投手がピッチアウトした球を打とうとして真横にジャンプしバットにボールを当てようとします。結果は失敗に終わり、3塁を飛び出していた栗原健太はタッチアウトになりました。

しかし、このプレーがファンの間で話題となり石原に「飛ぶキャッチャー」の愛称が付きました。

2007年10月1日の中日戦でも、1アウト2、3塁からスクイズを外され、ジャンプしてバットにボールを当てようとするという、ほぼ同じことが起こりました。


一握の砂

2013年5月7日の横浜戦、横浜の攻撃のランナー1塁の場面でピッチャー久本祐一の投球を石原がこぼしてしまいます。

球を見つけられないものの、足元の砂を掴んで1塁ランナー、石川雄洋を牽制。実際にはボールを掴んでいないものの、その仕草だけで石川の進塁を阻止することに成功したのです。


アウトになったふりをして進塁

2016年7月27日の巨人戦でこの珍プレーは起きます。
5回表、1アウト満塁でバッターの田中広輔はセカンドゴロ。4-6-3とボールが渡りますが、併殺崩れで打者走者の田中は一塁に残ります。
その間に三塁ランナー下水流昂が生還し、広島が1点追加。一塁ランナーの小窪哲也フォースアウト、二塁ランナーの石原慶幸は二塁に戻った為、2アウト1、2塁となります。

ところが、次の打者の菊池涼介がバッターボックスに入った時、ランナーはなんと1、3塁に。何が起こったのでしょうか。

実は、2塁に居た石原がアウトになったふりをして歩いて3塁に。実際にアウトになった小窪は石原か3塁ベースに到達するまで2塁で待ち、石原の3塁到達後にベンチに戻りました。

巨人野手陣は石原がアウトでベンチに戻っていると思い込み、気づいた時には石原は3塁に到達していました。

相手チームだけでなく、解説もこれには困惑。「セカンドランナーがゆっくり3塁に行っていた」という異例の解説も生まれました。


サヨナラデッドボール

2011年5月14日の巨人戦でこの事件は起こります。

9回裏、3-4と巨人がリードの場面でレビ・ロメロが登板します。
しかし、ロメロは投球が定まらず、先頭打者の東出にヒット、廣瀬に送りバントを打たれます。さらに続くトレーシー、栗原、前田智徳に四球を与え、巨人は同点に追いつかれます。

続く丸はセンターフライに打ち取ったものの、ここで打席には石原慶幸
ロメロの初球は石原の左手首を直撃します。石原は倒れ込むも、すぐに立ち上がりガッツポーズ。押し出しサヨナラのデッドボールとなりました。

石原はこの試合で5打数無安打ながらもヒーローインタビューに呼ばれました。


サヨナラ打撃妨害

2006年9月7日の横浜戦。5-5と同点で迎えた10回裏の横浜の攻撃。2アウト満塁で打者は佐伯貴弘

ピッチャー永川の投げた球を佐伯がファウルした際、佐伯のバットが石原のキャッチャーミットに当たります。これが打撃妨害と見做され、押し出しのサヨナラに。

サヨナラ打撃妨害という異例の記録が生まれました。


サヨナラスクイズ

2012年7月17日の中日戦の9回裏。守護神の岩瀬仁紀を攻め立て同点に追い付き、なおも1アウト満塁。

バッターボックスには我らが石原が入ります。ここで石原はピッチャー前にスクイズ。3塁ランナーの堂林が生還し、広島のサヨナラ勝ちとなりました。

セ・リーグでは広島の仁平薫が1994年8月14日に決めて以来18年ぶり、パ・リーグも含めるとロッテの諸積兼司が1996年9月16日に記録して以来16年ぶりのサヨナラスクイズでした。

広島の名応援歌紹介

今日は広島東洋カープの歴代の応援歌のうち、おすすめのものを10選紹介していきます。では、早速見ていきましょう。

新井貴浩


【歌詞】

「赤い心見せ 広島を燃やせ 空を打ち抜く
大アーチ」


まず紹介するのは「広島の応援歌と言ったらこれ!」と言っても過言ではない、新井貴浩の応援歌です。


駒澤大学の先輩である野村謙二郎の推薦もあり、1998年にドラフト6位で広島に入団します。


2005年には自身の慕う金本知憲に3本差を付け、43本塁打本塁打王のタイトルを獲得しました。


2007年オフに阪神に移籍しますが、2015年から広島に復帰、この応援歌も再び使われることになります。


2016年は広島の25年ぶりのリーグ制覇に貢献、自身も2000本安打、300本塁打を達成、シーズンMVPを獲得するなど本人いわく、「夢のようなシーズン」であったそうです。


鈴木誠也


【歌詞】

「誠の道進み チームに流れを呼べ
荒川から架けろ 夢の赤い橋」


2016年のオリックス戦で2試合連続でサヨナラ本塁打を放ち、緒方監督が「神ってる」と発言。これが流行り、この年の新語・流行語大賞に選ばれました。


2015年から5年連続で、打率3割、25本塁打以上を達成しており、2019年には初のタイトルとなる首位打者に輝きました。


また、この年オフの世界大会、プレミア12に出場し日本の4番を務めます。3試合連続本塁打を打つなど活躍し、日本の世界一に貢献。打率.444、3本塁打、13打点で大会MVPにも選ばれました。

菊池涼介


【歌詞】

「(前奏)始まりの鐘が鳴る 広島伝説
(本編)光を追い越して 
メーター振り切り駆け抜けろ 止まらないぜ
韋駄天菊池」


守備の名手として知られ、二塁手として最多の8度のゴールデングラブ賞に輝いています。さらに、2020年には二塁手として初のシーズン守備率10割を達成しました。


打撃に関しても、シーズン7度、6年連続のいずれも日本記録の最多犠打を記録しています。また、2016年には最多安打のタイトルも獲得、田中広輔丸佳浩との「タナ・キク・マル」トリオとしてチームに貢献しました。


2016年のシーズン終盤に菊池が慕い、後述する廣瀬純が引退すると、彼の応援歌が菊池の応援歌の前奏として新たに加えられました。


彼の守備は世界大会でも健在で2017年のWBCでは、その守備で世界を驚かせました。↓


廣瀬純


【歌詞】

「(前奏)始まりの鐘が鳴る 広島伝説
(本編)豪快に放て 勝利に向けて走れ
始まりの鐘が鳴る 広島伝説」


2013年4月21日から4月26日までに15打席連続で出塁し、連続出塁のプロ野球記録を更新します。この間の打席での記録は8安打、4四球、3死球というものでした。


広島一筋で16年間プレーした選手で、2016年の10月1日の試合は廣瀬の引退試合とされました。


モミアゲが長かったことから「チャーリー」の愛称で呼ばれていました(広島ではモミアゲの事をチャリと呼ぶ)。現在は広島の外野守備・走塁コーチを務めます。


緒方孝市


【歌詞】

「この一打に 闘志燃やして 勝利の地へ 
駆け抜けろ」


1995年の9月20日から10月8日までで10試合連続盗塁のセ・リーグ記録を残します。さらにこの年から1997年まで3年連続で盗塁王のタイトルを獲得します。


現役引退後、2015年から2019年には広島の監督を務め、2016年から3年連続で広島をリーグ優勝に導きました。


巨人に在籍し、現在ヤクルトのコーチを務める緒方耕一とは外野手、同級生、盗塁王、九州出身などの共通点が多いものの別人です。


応援歌の前奏には必殺仕事人の音楽が使われています。


前田智徳


【歌詞】

「狙いしぼって振り抜け 速く鋭い打球を 
飛ばせ明日へ未来へ 輝け前田」


「孤高の天才打者」と呼ばれ、イチロー落合博満が認めるほどの才能を持つ打者。打撃タイトルを獲得することはなかったものの、規定到達の上で打率3割以上を11度、通算打率.302を記録します。


印象的なエピソードとして、自身のミスでランニングホームランを許してしまい、北別府の勝ちを消してしまったことで、その後に自身がホームランを打ちヒーローに選ばれるものの「ミスした人間がヒーローに選ばれるのはおかしい」と言って断った、というものがあります。


2007年に2000本安打を達成し、名球会入りをしています。


田中広輔


【歌詞】

「赤く燃え上がる 夢見たこの世界で 
研ぎ澄ませそのセンス 打てよ広輔」

東海大相模高校、東海大学時代には巨人の菅野智之と同期であった。JR東日本を経て、2013年ドラフト3巡目で広島に指名されプロ入りを果たします。


2014年4月24日に放ったプロ初本塁打となる飛球がリプレー検証を受け、同年5月26日の2本目の本塁打となる飛球が相手監督の抗議を受けるという珍しいエピソードの持ち主。いずれも検証の結果、本塁打となりました。


2017年には盗塁王と最高出塁率のタイトルを獲得しており、この両タイトルを同時に獲得したのはイチロー山田哲人に次ぐ3人目の記録でした。


2020年オフに巨人から横浜に在籍した田中俊太は実弟。2019年3月29日の広島対巨人の開幕戦で初めてスタメンとしての同時出場を果たします。また、同年5月10日には広輔が横浜戦で、俊太がヤクルト戦でホームランを放ち、「NPBで別々の球団に所属する兄弟選手による同日開催の一軍公式戦でのアベック本塁打」という珍しい記録を残します。


松山竜平


【歌詞】

「闘志を燃やし 鋭く振り抜け 
さぁかっ飛ばせ さぁ打ちまくれ 
我等の松山」


愛称は「アンパンマン」で、これは大学3年の時に先輩から付けられたもの。登場曲には「アンパンマンのマーチ」や「アンパンマンたいそう」が使われた事も。


入団4年目の2011年から活躍し始め、2012年からは4番を務める事もありました。2018年には規定打席に到達し、打率.302、ops.834の好成績を残しました。


ヒーローインタビューでは「鹿児島のじいちゃんばあちゃん、今日俺やったよ!」と叫ぶのが定番となっていますが、同伴した他の選手に先を越されることもしばしば。


石原慶幸


【歌詞】

「南の夜空に赤く 輝くいちばん星 広島に優勝(ゆめ)を運ぶ 石原慶幸


石原は「飛ぶキャッチャー」と呼ばれることがありますが、このきっかけとなったのが2006年5月31日の試合です。
ランナーを3塁に置き、石原がスクイズを行おうとする場面。相手投手がピッチアウトした球を打とうとして真横にジャンプしバットにボールを当てようとします。結果は失敗に終わり、3塁を飛び出していた栗原健太はタッチアウトになりました。


「一握の砂」事件と呼ばれるエピソードもあります。
2013年5月7日の横浜戦、横浜の攻撃のランナー1塁の場面でピッチャー久本祐一の投球を石原がこぼしてしまいます。球を見つけられないものの、足元の砂を掴んで1塁ランナー、石川雄洋を牽制。実際にはボールを掴んでいないものの、その仕草だけで石川の進塁を阻止することに成功したのです。


他にも、「アウトになったふりをして進塁」、「サヨナラデッドボール」など様々なエピソードを残している選手です。


2016年には自身初のゴールデングラブ賞ベストナインに選ばれ、応援歌の歌詞にもある通り、「広島に優勝(ゆめ)を運ぶ」こととなりました。


東出輝裕


【歌詞】

「夢熱く燃やせ 心弾ませて 緑の芝生を
走れ東出」


1999年のドラフト1位で広島に入団した選手。入団後は二塁手や遊撃手として活躍し、2008年、2009年には二塁手としてベストナインに選ばれます。

ホームランが非常に少ない選手で、2005年の7月17日から2010年4月23日まで2393打席連続でホームランが出ませんでした。これは、赤星憲広の2528打席、岡田幸文の2501打席に次ぐ、プロ野球歴代3位の連続打席無本塁打の記録となります。

2013年から2015年まで日本プロ野球選手会の理事長を務めていました。

佐野恵太の伯父は?〜プロ野球玄人ファン向けクイズ〜

今回は、プロ野球の意外な血縁関係に関するクイズを出題していきます。兄弟、親子などの明らかな血縁関係のある選手はのぞいてあります。では、見ていきましょう。


1.読売巨人軍の監督を務める原辰徳の甥っ子はのプロ野球選手は?









↓に答えあり







菅野智之
巨人監督の原辰徳の甥は巨人エースの菅野智之。小学校に上がる前に原辰徳引退試合を見たことがきっかけで本格的に野球を始めました。この問題は簡単ですね。


2.2020年のセ・リーグ首位打者、佐野恵太の伯父でホークスや西武などで活躍した選手は?







↓に答えあり






佐々木誠
佐野恵太の母方の伯父は、ホークスと西武と阪神で活躍した、佐々木誠
ダイエー時代の1992年には首位打者のタイトルを獲得しており、盗塁王と当時は表彰されていなかった最多安打のタイトルも2度ずつ獲得しています。
1993年オフに秋山幸二などとの3対3の大型トレードで西武に移籍しました。


3.杉内俊哉と義兄弟の元チームメイトは?









↓に答えあり




新垣渚
杉内俊哉の義兄弟とはホークス時代のチームメイトで同級生の新垣渚。新垣はホークス、ヤクルトで活躍した投手で、2004年には最多奪三振のタイトルも獲得しています。また、25暴投のシーズン最多暴投記録も保持しています。杉内の妻が新垣の妻の姉であるため、2人は義兄弟となります。


4.日本ハム宮西尚生の義兄弟のプロ野球選手は?








↓に答えあり







大野奨太
ホールド数、ホールドポイント数(ホールド数+救援勝利数)のNPB記録を持っている宮西尚生投手の義兄弟とは現在は中日に所属し、元日本ハム大野奨太捕手。それぞれの妻が双子の姉妹であるため、2人は義兄弟となりました。宮西投手はさらに、2020年シーズンまでで13年連続50試合登板のパ・リーグ1位で両リーグ2位の記録を持っています。


5.阪神の2019年のドラ1、西純矢と曽祖父が兄弟であるという血縁関係を持つプロ野球選手は?











↓に答えあり








西勇輝
西純矢の親戚とは、同じく阪神タイガースでポジションも同じ投手の西勇輝選手。
西勇輝オリックス時代の2012年のホークスとのシーズン最終戦ノーヒットノーランを達成します。この試合は後に侍ジャパンの監督を務める、小久保裕紀引退試合でもありました。


6.1980年代後半から近鉄で活躍した村上隆行の義弟はのプロ野球選手は?









↓に答えあり







中村紀洋
村上隆行の妹が中村紀洋の妻であるため、2人は義兄弟にあたります。中村紀洋は、近鉄オリックス、中日、楽天、横浜など多球団で活躍したスラッガー村上隆行は、1984年から2000年に近鉄に、2001年に西武に在籍した野手で現在は中日の巡回打撃コーチを務めます。



7.現在広島に所属する投手、中田廉の伯父は?








↓に答えあり






村上隆
中田廉の母の妹の夫が先程のクイズに出てきた、村上隆行。つまり、中村紀洋とも縁戚関係があります。また、中田廉の父親は以前広島に在籍していた野林大樹(現在両親は離婚している)。



8.南海のリリーフエース、佐藤道郎の元妻の娘の夫であるプロ野球選手は?










↓に答えあり







和田毅
和田毅の妻は元タレントの仲根かすみ。彼女の母親がかつて佐藤道郎の妻であったため、2人は親戚でした。さらに、2人はホークスの投手で新人賞受賞の経験があるなどの共通点もあります。

50ブログ達成!pv数を公開します!

閲覧頂きましてありがとうございます。

つい先日出した記事が50記事目となりました。

このブログを始めたのが今年の3月8日でしたので、大体40日ほどで50記事に到達したことになりますね。

まあ、前置きはさておき、早速pv数を公開していきたいと思います。

pv数

Googleアナリティクスによると、pv数は545
実は、Googleアナリティクスを設置したのがブログ開始と同時ではなく、3月23日からだったので大体1ヶ月で545pvという事ですね。


僕の取り敢えずの目標は月間10000pvです。
このペースで書くと、来月あたりには100記事超えそうですが、その時点でどれくらい見られているかな?
流石に10000は無理でも月間3000くらいは見られていて欲しいです。


545と言いましたが、実は自分のアクセスを取り除けていないため、本当はもっと少ないと思います。
Googleアナリティクスって確か、記事を書いているときの自分のプレビューもpv数に加算されているはずでした。


僕、機械にあまり強くないので自分のipを外すってのがどうしても出来ないんです笑笑。
一応、電気情報工学科ってところに在籍しているんですけどね笑。
困ったものですよ。

収益

50記事到達時点での収益は0円。はい、すいません。実はつい先日Googleアドセンスの申請をしたのですが、まだ結果が返って来ていないんですよ。でも受かっている気がしねぇ〜笑。1円でも良いので収益がでるようにしたいです。

目標

先程も言った通り、取り敢えずの目標は月間3000pvです。
今で500だからしっかり記事を書いていたらなんとか達成できるかな。

今は1日だいたい1記事書いているのですが、収益化も早くしたいし、2日で3記事くらいは頑張って書いてみようと思います。

お礼

今まで見てくださった方々、ありがとうございます。
拙い記事ですが、努力して参りますのでこれからも是非見に来てください。

あと、はてなスターを何回か付けてくださった方が数人おられます。
本当に励みになるので嬉しかったです。めちゃめちゃ感謝しています。


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最後に、先日オリックス戦を観に行った、PayPayドームです。

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試合には負けたんですけどね笑笑。
9回裏に3点追い上げたのは良かったけど、その表に、5点も取られたのがキツかったです。

自分がここ最近観に行ったオリックス戦は3戦あって、2敗1引き分けです。
オリックス強すぎやねん。

横浜の名応援歌紹介

横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズの歴代の名応援歌を紹介していきます。さっそく見ていきましょう。

佐々木主浩


【歌詞】

「燃え盛る炎の中へと 魔神が進む 気高く 雄々しく 今この時 守り抜くと 正義の白球 その手にしながら
勝利のためには引けないと 鍛え抜いた 
鉄腕鳴る 巻き起こる嵐 
開けた行く手遮る者たちに 真の力 
思い知らせ 輝けよ高く
燃え盛る炎の中へと 魔神が進む 気高く 雄々しく 今この時 守り抜くと 正義の白球 
その手にしながら行け」


おそらく全ての応援歌の中で一番長いと思われる応援歌です。

「ハマの大魔神」の異名を持つ、1990年代の横浜のクローザーで、NPBのシーズンと通算の最多セーブポイントを記録している選手。

1998年には51試合に登板し、45セーブ、防御率0.64というとんでもない成績を残し、シーズンMVPにも選ばれました。


佐野恵太


【歌詞】

「蒼き戦士の闘志 果敢に突き進め 
ハマの空に弧を描け 進めShiny Road」


2016年ドラフトで横浜から9位指名を受けプロ入り。これはセ・リーグ最後の指名でした。

ラミレス監督にポテンシャルを見抜かれ、2019年までは主に代打として活躍します。

2020年にはレイズへ移籍した筒香嘉智の後任として、ラミレス監督から主将に選ばれます。この年はシーズンを通して4番を打ち、打率.328で首位打者のタイトルを獲得しました。


石井琢朗


↑横浜、広島両リーグのファンによる応援の動画です。

【歌詞】

「駆け抜けるスタジアム 君の勇姿 
明日の星を掴めよ 石井その手で」


「1番、ショート」の印象が強い石井ですが、実は投手としてプロ入りをしていて、3年目の1991年まではピッチャーとして一軍戦に出場しています。

本名は石井忠徳で、野手転向時に登録名を石井
琢朗に変更しました。

野手転向の2年目の1993年には初めて盗塁王のタイトルを獲得、さらに1998年からは3年連続で同タイトルに輝いています。

1998年は盗塁王の他に、最多安打のタイトルも獲得し、横浜の38年ぶりのリーグ制覇、日本一に貢献しました。

移籍後の広島時代もこの応援歌が使われていました。


筒香嘉智


【歌詞】

「(前奏)横浜の空高く ホームランかっとばせ筒香
(本編)さあ打て筒香 飛ばせ空の彼方
横浜に輝く大砲 かっとばせホームラン」


2012年5月6日の中日戦で山本昌から2本のホームランを放ち、これがプロ野球史上最大年齢差のホームランとなりました。

2015年には石川雄洋の後を継いでチームキャプテンに任命されます。この年オフにはプレミア12 に日本代表として出場も果たしました。

2016年には44本塁打、110打点で本塁打王打点王の二冠に輝きます。

前奏はもともと、湘南シーレックス(横浜ベイスターズ2軍)の監督でかつて筒香を指導していた、田代富雄の応援歌でした。

現在は、タンパベイ・レイズに所属しています。この応援歌がメジャーで演奏されたこともありました。↓動画


内川聖一


【歌詞】

「波間に熱く光る ダイヤモンドの主役
勝利へ走れ 内川 Go! Go!」


初めて規定打席に到達した2008年に打率.378、189安打、出塁率.416で首位打者最多安打、最高出塁率のタイトルを獲得します。この年には同僚の村田修一がホームラン王となっており、最下位のチームから首位打者とホームラン王が出るのは初のことでした。また、打率.378はセ・リーグの日本人選手の歴代最高で、NPBの右打者史上最高の打率でもあります。

ホークス移籍初年の2011年に打率.338で首位打者に輝き、ホークスのリーグ制覇、日本一に貢献。シーズンMVPにも選ばれました。両リーグでの首位打者獲得は江藤慎一に次ぐ2人目の快挙でした。

2020年は2軍で42試合に出場し打率.327を残すも1軍には上がれず、自らホークスを退団しヤクルトに移籍しました。

この応援歌は元々は高木豊に使われていました。


鈴木尚典


【歌詞】

「駆け抜けるダイヤモンド 両手を高く上げ
とどろき渡る歓声が 君の胸を焦がす」


1997年、98年に2年連続の首位打者に輝きます。
1998年はマシンガン打線の3番として横浜の38年ぶりのリーグ制覇、日本一に貢献しました。

現在は独立リーグの神奈川フューチャードリームズの監督を務めます。


村田修一


【歌詞】

「鍛えたそのパワー かっとばせ 
勝利をさぁ目指せ ホームラン」


2007年、08年に2年連続して本塁打王のタイトルを獲得。

また、2008年にはチームメイトの内川聖一首位打者に輝いており、最下位チームから本塁打王首位打者が出るのは史上初でした。

引退試合クラッシャー」と呼ばれており、佐々岡真司引退試合で佐々岡からホームランを打つ、矢野燿大引退試合でもホームランを打ち矢野の出場機会を無くすなど逸話が多い選手です。

村田の前には谷繁元信に使われていて、2021年シーズンから牧秀悟に流用されています。


ロペス


【歌詞】

「勝負がかかる しびれる瞬間 流れを我らに
アニモ ロペス」


日本球界に来る前のマリナーズ時代はイチローのチームメイトでした。

2017年には打点王最多安打のタイトルを獲得し、横浜のCS進出に貢献。
同年のCSでも活躍し、チームの19年ぶりの日本シリーズ進出にも貢献し、自身はCSの MVPに輝きます。

2020年にNPBMLB通算2000本安打と、それぞれでの1000本安打を達成。これは、イチロー松井秀喜に続く3人目の快挙で、助っ人外国人に限定すると史上初の記録でした。


三浦大輔


【歌詞】

「Go! Go! Let's Go! 跳ねろマウンド三振奪取 
決まってるぜリーゼント 勝利だ三浦」


2021年シーズンから横浜の監督を務めるハマの番長

応援歌にも登場する、トレードマークのリーゼントは矢沢永吉に影響されたもの。

横浜大洋ホエールズ横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズの3球団に所属したことのある唯一の選手で、横浜大洋ホエールズに在籍経験のある最後の選手でもありました。


ブランコ(チャンスVer.)


【歌詞】

「揺るがぬ確かなプライド 決め球斬る一太刀 仕留めろ鮮やかに 魅せろトニブランコ 
オオオ オオオオオ オオオオオ 
魅せろトニブランコ アニモブランコ
横浜ベイブルース スタンド遥か 
越えてホームラン」


2009年、来日1年目の中日時代から39本塁打、110打点で本塁打王打点王のタイトルを獲得します。

横浜移籍後の2013年には、打率.333、136打点で首位打者打点王の二冠に輝きます。

また、本塁打王41本はこの年シーズン本塁打日本記録を更新したバレンティンの60本に次ぐリーグ2位の成績でした。

この応援歌の後半部分は元々、1993年から96年にかけて横浜で活躍したグレン・ブラッグス選手の応援歌でした。

オリックスの名応援歌紹介

オリックスの歴代の名応援を10個紹介します。それでは、見ていきましょう。

糸井嘉男(チャンスVer.)


【歌詞】

「託された願いのせて 振り構えたその腕で 頂へと繋がる 架け橋を作れ ×2
強烈な速い打球を飛ばしたれ 腕力で叩き込め」


日ハム入団時は投手であったものの、後に外野手にコンバートし大ブレイク。

史上初の6年連続の打率3割、20盗塁、ゴールデングラブ賞受賞を達成しています。

2013年のシーズン前に日本ハムから八木智哉と共にオリックスへ移籍。オリックスからは木佐貫洋大引啓次赤田将吾が移籍する大型トレードとなりました。

糸井は日本ハムオリックス阪神の在籍していた全ての球団で前奏付きの応援歌が作られているというなかなか珍しい選手です。


清原和博


【歌詞】

「闘え士(つわもの)よ 傷だらけのその体で 輝けこの場所で 威光放つ男」


西武、巨人、オリックスと渡り歩いた歴戦の猛者。

西武時代の高卒1年目から打率.304、31本塁打、78打点を記録し、これらはいずれも高卒新人の最高記録となっています。

打撃3タイトルは獲得していないものの、通算525本塁打は歴代5位の記録。


安達了一


【歌詞】

「(Aメロ)猛れ雄々しく行け 本能のままに  気迫出して今ここで見せろ 力振り絞れ
(ブリッジ)我武者羅に喰らいつけ
(Bメロ)上州男が張っ飛ばす! 了一! 了一!張っとばせ!」


遊撃手として非常に広い守備範囲を持ち、華麗なプレーでファンを魅了する選手です。

2016年1月に国指定の難病、潰瘍性大腸炎を発症しており、2017年9月にも再発。

歌詞中の「上州」とは、安達の出身である群馬県旧国名上野国の別称。

応援歌はAメロ→Aメロ→ブリッジ→Bメロ、と進行していくかなり複雑な形となっています。


T-岡田(チャンスVer.)


【歌詞】

「T! Homerun King! T! T! T.rex!
ここで決める男 このチャンスをものにしろ
遠く遠く派手に 飛ばせナニワの轟砲」


本名は岡田貴浩。2009年オフに新監督に就任した岡田彰布が自身と同姓なことがややこしいとして、登録名変更を提案。アンケートの結果、登録名が「T-岡田」に決定しました。Tは貴浩の他にも、ティラノサウルスの「T.rex」に由来します。

2010年には、33本塁打王貞治以来の22歳での本塁打王の獲得を果たしました。

2017年9月29日に、プロ野球通算99999号となるホームランを放ちます。同僚のマレーロの同年6月9日の日本球界デビュー戦の幻の本塁打が幻となっていなかったら、T-岡田のこのホームランが10万号となっていました。同日にマレーロがホームランを放ち、これが日本プロ野球第10万号となりました。


後藤光尊


【歌詞】

「煌け尊き光 際立つ勝負勘 度肝据えて 
臨めこの瞬間(とき)に」


「ゴッツ」の愛称で、オリックス楽天で活躍した選手です。

2011年8月11日の楽天戦では4番で出場し、ホームランを放ち、史上9人目となる全打順本塁打を達成しました。

オリックスらしい非常にかっこいい歌詞の応援歌となっております。


中村紀洋


【歌詞】

「修羅場を越えてきた 歴戦の戦士よ
宿命身に纏い 驚弾呼び起こせ」


近鉄ドジャースオリックス、中日、楽天、横浜と多くのチームで活躍した選手。

メジャーから日本球界に復帰後、2006年の1年間のみオリックスでプレーします。

2007年に中日に育成枠で入団するものの、開幕前には支配下登録を果たし、打率.293、20本塁打、79打点の好成績を残します。

近鉄で長年活躍した村上隆行とは義兄弟。


イチロー


【歌詞】

「走れ疾風のように 全速力で 
砂塵巻き上げて 走れイチロー


もはや説明不要でしょう。

日本球界では最長記録の7年連続、首位打者に輝き、パ・リーグ最多記録の5度の最多安打のタイトルを獲得します。

メジャーでは新人王とMVPを同年に獲得したり、2004年に262のシーズン最多安打記録を残すなどと、多くの伝説を作り上げてきた選手です。

日米通算の4367安打はプロ野球における通算安打世界記録として、ギネスに登録されています。

この応援歌はもともと阪急時代に福本豊に使われていたもので、後には金子千尋にも流用されています。


田口壮(旧応援歌)


【歌詞】

「空を駆け抜ける 稲妻のような 
度肝を抜く一撃飛ばせ それ行け田口」


1991年のドラフト前に「阪神に行きたくない10ヶ条」なる文書を発表しました(後に撤回)。これに怒った阪神は田口の獲得から撤退、田口は日ハム、オリックスから1位指名を受けます。

オリックス入団後はイチロー本西厚博と共に鉄壁の外野陣を形成し、1995年、96年のリーグ制覇に貢献しました。

メジャーのカージナルス時代の2006年にはワールドシリーズ優勝に貢献し、ワールドシリーズ優勝の決定時点でフィールドに立っていた初の日本人選手となりました。

オリックス復帰後は新しい応援歌が作られてたものの、田口のチャンス時には専用チャンステーマとして元の応援歌が使われていました。


田口壮(復帰後)


【歌詞】

「夢の大地で手にした そのリングに祈り込め 勝利を呼べ 再び立つこの故郷の下へ
蒼い魂灯し 大きな波呼び起こせ 
勝利の美酒に酔う日まで 進み行け諦めず」

2010年に古巣オリックスに復帰。精神的支柱としてチームを支えました。

前半部分はワールドシリーズ優勝を彷彿させる、感傷的な歌詞に、後半部分はブルーウェーブ時代を思い出させるような歌詞になっています。


中島裕之


※動画は歌詞変更後

【歌詞】

「しぶとい一打 ここで見せつけてくれ
このチームに勝機呼ぶ お前の底力」

(変更後)
「(前奏)このチームに勝機呼ぶ ナカジの底力
(本編)気勢漲る 火の構えから放つ 総て攫うその一打 今見せつけてくれ」


西武から海外FA権を行使し、渡米するものMLBの試合には出れないまま、オリックスに移籍し、日本球界に復帰することに。

小学生時代のチームメイトの山崎勝己がいたこともオリックス入団の一因となりました。

その後、巨人に移籍し2019年は活躍できなかったものの2020年は100試合の出場で打率.297と復活。巨人のリーグ連覇に貢献しました。

この応援歌は元々、移籍選手の汎用テーマとして使われていましたが、2015年からは中島の専用応援歌になりました。2016年からはメロディーは変わらないまま、前奏が付き歌詞も変更されました。

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