たかのプロ野球雑談記

きららアニメと野球が好きな大学生です。野球メインでたまにアニメや漫画の話もします。

超ユーティリティープレイヤー〜全ポジション出場〜

西武の外崎修汰や横浜の大和、ホークスの周東佑京、牧原大成など日本プロ野球界にはさまざまなユーティリティープレイヤーが存在します。彼らは本職の守備位置の他に、複数の守備可能なポジションを持つ、非常に監督にとっては助かる選手です。しかし過去にはピッチャーを含む全ポジションを守ったことのあるユーティリテーも存在していました。今回はそんな選手2人を紹介していきます。

 

1.五十嵐章人

まず紹介するのはNPB史上唯一、全打順本塁打と全ポジション出場の両方を達成した五十嵐章人選手です。

 

外野手としてプロ入り

前橋商業高校の3年次に、エースで3番として夏の甲子園に出場し、ベスト16入りします。その後、日本石油野球部に入部し野手に転向しました。そして1990年ドラフトでロッテオリオンズから3位指名され、外野手としてプロ入りを果たします。

プロ入り後も転向を繰り返し、1993年にはショートを、1994年にはセカンドを主に守ります。

 

捕手として出場

捕手としての登板を果たしたのは1995年5月7日のオリックス・ブルーウェーブ戦でした。この試合、スタメン捕手の山中潔に代打が送られ、その後代わりにマスクを被った正捕手の定詰雅彦が8回のクロスプレーの際に審判に抗議して退場します。さらに3番手捕手の福澤洋一が風疹で離脱していたという偶然も重なり、五十嵐が捕手として出場することになります。

彼の捕手としての経験は中学時代に練習をしたことがある程度でしたが、試合後にボビー・バレンタイン監督は彼を「いい捕手だよ」とコメントしたと言います。

1998年にトレードでオリックスに移籍します。

 

投手として出場

2000年6月3日の近鉄戦では投手として出場します。仰木監督の五十嵐の全ポジション出場への計らいと、近鉄相手に16-3と大きくリードされたいたという試合事情もあり、敗戦処理として4番手で登板します。1安打を許すものの3アウトを取り、後述する高橋博士に続くNPB史上2人目の全ポジション出場を達成しました。

 

全打順本塁打

2002年に近鉄に移籍。4月21日のホークス戦で、8番セカンドとして出場し2ランホームランを放ち、プロ野球史上6人目の全打順本塁打を達成します。なお、この本塁打が五十嵐の現役最後の通算26本目のホームランとなります。全打順本塁打を達成している13人の選手(2020年のシーズン終了時点)の中でも通算26本塁打というのは圧倒的に少ない数でした。

 

2.高橋博

前述の五十嵐章人は、それぞれの試合にポジションを変えて出場し、全ポジション出場を達成したという選手でした。しかし、今から紹介する高橋博士はなんと1試合で全ポジション出場を達成するというさらに驚くべき記録を持っている選手です。

 

捕手としてプロ入り

宮崎商業高校時代に甲子園への経験のある高橋は1964年に捕手として南海ホークスに入団します。1971年からは内野手に登録を変更し、1972年にはトレードで東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)に移籍します。

 

1試合で全ポジション出場

1974年9月29日の後楽園球場で行われた日本ハム(1974年に球団名を改称)対南海のダブルヘッダーの第2戦は日本ハムの本拠地・後楽園球場での最後の試合でした。

日本ハムはこの年最下位であった為、消化試合でもあるこの試合をどうにかして面白くしようとして考え出された中西太監督のアイデアが「高橋をイニング毎にポジションをかえ、全ポジションに出場させる」というものでした。

3番・一塁で先発出場した高橋は、その後、捕手→三塁→遊撃→二塁→左翼→中堅→右翼→投手とポジションを変更していきます。野手としてノーエラー、1/3イニングの投球回ではノーヒットと成績も文句なし。試合には0-7で負けましたが、日本ハムの観客も大満足の試合内容となりました。

彼の達成した1試合全ポジション出場の記録は当然、NPB史上唯一の記録です。